審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10099号「白色ポリエステルフィルム」事件

名称:「白色ポリエステルフィルム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10099号 判決日:平成28年7月19日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号、特許法29条1項3号
キーワード:サポート要件、新規性、実験の再現性

[概要]
物性を特定した発明の場合、当該物性を満たせば課題を解決できると明細書の記載から理解できれば、サポート要件として足り、当該物性を実現するための方法の全てが開示され、かつ、それらによって得られる物が発明の課題を解決し得るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというものではないとされた事例。
引例の実施例の重合体の再現に当たって、原料及びその分量を再現するとともに、一部の物性を再現するように重合条件を調整したからといって、重合体の具体的な組成までが正確に再現されているか否かは不明であるから、新規性を否定できないとされた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第3593817号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2012-800177号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決(第1次審決)をした。
被告が、その取り消しを求めたところ、知財高裁は、第1次審決を取り消す旨の判決(第1次判決)をし、その後、同判決は確定した。
特許庁は、更に審理の上、本件審判の請求は、成り立たないとの審決(本件審決)をしたので、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明1]
無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって、
該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であり、(※特性(a))
かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなる(※特性(b))
ことを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60

[取消事由]
1 取消事由1(訂正要件適合性についての判断の誤り)
2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)
3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)
4 取消事由4(明確性要件についての判断の誤り)
5 取消事由5(引用発明の認定の誤り)
6 取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り)
7 取消事由7(甲1発明2、甲2発明、甲3発明又は甲4発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)
8 取消事由8(甲7発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)
※以下、取消事由2、6についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について
『(4) 原告の主張について
ア 原告は、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1ないし7は、いずれも①リン酸化合物で表面処理した無機粒子と②ポリエステル微粉末を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであり、これらの記載からは、当業者が、上記①及び②を用いない組成物によって本件発明1の課題を解決し得ると理解することはできないから、上記①及び②を用いるとの限定をすることなく、特性(a)及び(b)をもって発明を特定する本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は、サポート要件を充足しない旨主張するので、以下検討する。』
『ウ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明では、本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記①や②を用いることについて、本件発明1の課題解決にとって「好ましい」ことが記載されるとともに、それが、得られるポリエステル組成物を特性(a)を満たすものとするための方法の一つとして例示された上で、その方法については、これらに「限定されるものではない」ことが明示されている。してみると、これらの記載に接した当業者であれば、本件発明1において、上記①及び②を用いてポリエステル組成物を製造することが課題解決に必須の事項とされているものと理解するとはいえず、このことは、実施例1ないし7がいずれも上記①及び②を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであることによって、左右されるものではない。
そもそも本件発明1は、無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて、当該ポリエステル組成物が有すべき物性(特性(a) 及び(b))を特定することによって発明を特定するものであるところ、このような場合、明細書の発明の詳細な説明の記載としては、当該物性を満たすものとすることによって発明の課題が解決されることが理解できるように記載されていれば、サポート要件としては足りるものといえるのであって、当該物性を実現するための方法の全てが開示され、かつ、それらによって得られる物が発明の課題を解決し得るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというものではない。そして、前記(3)で述べたところからすれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、上記の要求を満たすものであるといえる。
したがって、原告の上記主張は理由がない。』

2.取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り)
『原告は、原告において甲5の実施例4を再現したとする甲11の実験により、甲5発明のポリエステル組成物が相違点5-1に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60。特性(b))を満たすことが確認されたにもかかわらず、甲11の実験の再現性を否定し、本件発明1は甲5発明と同一であるとはいえないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
そこで、甲11の実験が甲5の実施例4を再現したものであり、これによって甲5の実施例4に係るポリエステル組成物が特性(b)を満たすものであることが確認し得るか否かについて、以下検討する。』
『ア 甲5の上記記載によれば、甲5の実施例4のポリエステル組成物は、ジメチルテレフタレートとエチレングリコールとを用いてエステル交換反応を行い、その後、トリメチルホスフェート、ポリアクリル酸アンモニウムで表面処理したバテライト型炭酸カルシウム及び酸化チタンを添加した状態で、更に重縮合反応を行うことにより製造されたものであるところ、上記エステル交換反応及び重縮合反応の際の具体的な重合条件(温度、反応時間)は、甲5には記載されていない。
しかるところ、原告は、甲5の実施例4のポリエステル組成物について、重合に用いるポリエステル組成物の化合物及び組成比等が記載され、また、重合後のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が記載されていることから、当業者であれば、重合条件に関する具体的な記載がなくても、カルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように技術常識に基づいて重合条件を適宜調整することによって、当該ポリエステル組成物を再現することは可能であるとした上で、甲11の実験においては、甲5の実施例4に記載されたとおりの原料を記載された分量で用い、技術常識に基づいてカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように重合条件を適宜選択しているから、甲5の実施例4のポリエステル組成物を再現したものであることは明らかである旨主張する。
しかしながら、甲5の実施例4のポリエステル組成物のように、単量体を重合して得られる重合体は、様々な重合度(重合体1分子中に連結された単量体数)の重合体分子の集合体であり(乙3ないし乙5)、このような重合体においては、原料である単量体が同じであっても、具体的な重合条件によって当該集合体に含まれる重合体の具体的な組成(どの程度の重
合度の重合体分子が、どの程度の数量含まれているかということ)は異なり、それに伴って、当該重合体が持つ様々な物性も変化するものであることは技術常識である(当該技術常識については、原告もこれを争っていない。)。そして、これを前提とすれば、甲5の実施例4を再現するに当たって、原料及びその分量を再現するとともに、一部の物性である固有粘度及びカルボキシル末端基濃度を再現するように重合条件を調整したからといって、重合体の具体的な組成までが正確に再現されているか否かは不明というほかなく、したがって、当該組成のいかんによって変化し得る他の物性(Tcc-Tgなど)についても、これが再現されているか否かは不明というほかない。原告が主張する上記立論が成立するためには、同一の原料を同一の分量用いて重合を行ったポリエステル組成物について、その固有粘度とカルボキシル末端基濃度が同一であれば、当然にTcc-Tgの値も同一になることが認められる必要があるが、そのようなことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 小括
以上の次第であるから、甲5発明のポリエステル組成物が相違点5-1に係る本件発明1の構成を満たすものとはいえないことを理由として、本件発明1は甲5発明と同一とはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由6は理由がない。』

[コメント]
<サポート要件に関して>
物性で発明を特定した場合、実施例以外の組成がサポートされていないとの拒絶理由が通知される場合がある。このような拒絶理由を避けるために、明細書中に、その物性を特定した意義を記載するとともに、当該物性を達成するための手段を、網羅的に記載しておくのが好ましい。実務上、当然行われていることではあるが、この点、丁寧に確認されている。
<実施例の再現性について>
引例記載の物質の内在特性を確認するために、実施例の物を再現(製造)する際には、その再現性について厳格に取り扱われることが確認されている。必ずしも再現できていないものに基づいて新規性を否定することは不当であるから、厳格に取り扱うことは妥当である。従って、再現データで新規性を否定する場合には、より慎重に実施例を再現すべきである。引例に再現させるための充分な条件が開示されておらず、技術常識に基づいて選択することもできない場合は、再現不可と考えざるを得ない。他社の文献を引例として用いる場合には、対策を講じようがないが、自社の出願を引例として他社出願の新規性を否定することが可能となるように、明細書起案時には、実施例を確実に再現できる程度に、実験条件を記載することを心がけるべきである。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)