審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10285/10286号「イバンドロネート多形A/B」事件

名称:「イバンドロネート多形A/B」事件
拒絶審決取消請求事件
知財高裁:平成27年(行ケ)10285/10286号 判決日:平成27年1月22日
判決:請求認容(審決取消)
条文:特許法29条の2
キーワード:引用発明の認定、結晶形の開示、結晶多形、熱重量分析、X線回折測定

[事案の概要]
本件は、発明の名称をそれぞれ「イバンドロネート多形A」、「イバンドロネート多形B」
とする出願に対する拒絶審決について、審決による先願発明の認定の誤り、一致点の認定の
誤り及び相違点の看過は、審決の結論に影響するとして,両審決を取り消した事例である。

●「イバンドロネート多形A」事件
[請求項1](下線は筆者追記。審決認定の相違点。)
角度2θで示す特性ピークを
角度2θ±0.2°
10.2°、11.5°、15.7°、19.4°、26.3°
に有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンを特徴とする,3-(N
-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,1-ジホスホン酸一ナト
リウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。

[主な争点](両事件とも同様)
(1)先願発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)
(2)相違点についての判断の誤り(取消事由2)

[特許庁の判断(審決)](下線は筆者追記)
一致点:角度2θで示す特性ピークを
角度2θ±0.2°
15.7°、19.4°、26.3°
に有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンを特徴とする,3-(N
-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,1-ジホスホン酸一ナト
リウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。

相違点:特性ピークを示す角度2θ±0.2°として,本願発明では,「10.2°」及び
「11.5°」も特定されているのに対し,先願発明では,「10.2°」及び「11.5°」
が特定されていない点。

[裁判所の判断(多形A判決)](下線は筆者追記)
1.取消事由1について
「…先願明細書には、イバンドロネートナトリウムの21類の固体結晶形フォームの全て
について熱重量分析(TGA)による重量損失が示されているものの,溶媒和物の形態に関して
は,そのうちフォームC,D,E,G,J,Q,Q1,Q2,QQ,R及びSの11種類に
ついてしか記載されておらず,フォームTについては,これが溶媒和物なのか,また溶媒和
物であるとするとその形態は何かについての記載が全くない(段落【0023】~【004
8】,【表1】~【表3】)。したがって,先願明細書に接した当業者は,フォームTが溶媒和
物であるか否かは判然としないと理解するものというべきである。」
「そうすると,先願発明において,フォームTのTGAによる重量損失に関わった水が,
付着水か結晶水のいずれであるかは,非等温的 TG 曲線の解析やDSC測定の解析をするなど
して,重量減少と温度の関係を観察しなくては推定することができない。したがって,上記
のようなフォームTの調製方法や熱重量分析の結果を検討しただけでは,フォームTが一水
和物であると認めることはできない。
以上によれば,本件審決が,先願発明であるフォームTを一水和物と認定したことには誤
りがあるというほかない。」

2.取消事由2について
「そして,本願明細書には「特性ピーク」という用語について特段の説明や定義はないが,
「特性」の通常の用語例からすれば,「その結晶を特徴づける特有のピーク」と解するのが相
当であり,先願明細書において「特徴づけられる」として挙げられ,図21からも看取でき
る上記10個のピークも,これと同様の意味で用いられているものと解される。そうすると,
先願明細書には,フォームTの特性ピークとして,2θ が10.2±0.2°及び11.5
±0.2°のものが記載されているということはできない。
…したがって,本件審決が,先願発明は,特性ピークを示す角度2θ±0.2°として「1
0.2°」及び「11.5°」も含むものであり,本願発明と先願発明との前記第2の3(3)
イの相違点は実質的な相違点ではないとしたことには誤りがあるというべきである。」

「被告は,この点について,本願において「特性ピーク」とは発明を定義するために出願
人が選んだピークという意味しかないのだから,先願明細書の図21において角度2θ±0.
2°が10.2°,11.5°の位置にピークが存在する以上,先願発明と本願発明との間
に実質的な相違はない旨主張する。
しかし,本願発明の特許請求の範囲の請求項1において,単なる「ピーク」ではなく,「特
性ピーク」として特定されている以上,前記のとおり,「その結晶を特徴づける特有のピーク」
と解するのが相当である。そして,先願明細書において「特徴づけられる」として挙げられ
ているの10個のピークは,いずれも図21において明確に見て取れるピークであるのに対
して,2θが約8°から約15°の範囲では明確なピークを把握することができない。少な
くとも,明確なピークを見出すことのできない部分にあえて着目して,先願明細書において
も指摘されていない10.2±0.2°及び11.5±0.2°の位置にフォームTの特性
ピークがあるということはできない。」

「被告は,本願明細書の図1と先願明細書の図21において,ピーク位置の一致が全体と
して確認できるのであれば,解像度の良否は,本願発明と先願発明との同一性の判断の観点
から問題にする意味はない旨主張する。
しかし,先願明細書の図21は,解像度が低く,2θが約5°から約15°の範囲のピー
クの有無は不明というほかなく,解像度を上げればピークが明確化するのか否かさえ判然と
しないものであるから,本願明細書の図1とピークの位置及び面積が全体として一致してい
ると認めるには足りない。」

●「イバンドロネート多形B」事件
[請求項1](下線は筆者追記。審決認定の相違点。)
角度2θで表される,
角度2θ±0.2°
9.7°、12.2°、14.4°、16.8°、25.8°
の特徴的なピークを有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンにより
特徴付けられる,3-(N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,
1-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。
[特許庁の判断(審決)](下線は筆者追記)
一致点:角度2θで表される,
角度2θ±0.2°
16.8°、25.8°
の特徴的なピークを有する,CuKα放射線を用いて得られた粉末X線回折パターンにより
特徴付けられる,3-(N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,
1-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。

相違点:特性ピークを示す角度2θ±0.2°として,本願発明では,「9.7°」及び「1
2.2°」及び「14.4°」も特定されているのに対し,先願発明では,「9.7°」,「1
2.2°」及び「14.4°」が特定されていない点。

[裁判所の判断(多形B判決)](下線は筆者追記)
1.取消事由1について(多形A事件と同様)
「…先願明細書には、フォームQQは一水和物~三水和物の範囲で存在することができる
旨記載されているところ(段落【0042】),熱重量分析(TGA)による重量損失が約5~1
2%(表2及び3の具体的データは,5.6%,6.1%,6.0%,8.8%,6.3%,
9.6%,11.4%)であること(段落【0042】,【表2】,【表3】),異なる複数の調
製方法により調製できること(段落【0074】~【0076】,【0150】~【0155】)
からすれば,フォームQQが一水和物とは異なる水和形態で存在し得る結晶形であることは
明らかである。
ところで,先願明細書の図18は「フォームQQについての代表的な X-線粉末回折図」
であるとされているが(段落【0042】),具体的にどのような試料について測定されたも
のであるかについては何らの記載も示唆もない。証拠(乙5)によれば,粉末X線回折測定
法において,結晶形の回折ピーク強度は,結晶における原子配列,原子の種類等により決め
られるとされていることが認められるから,同じフォームQQであっても結晶水の数に応じ
て回折パターンは異なるというべきである。しかるに,先願明細書の図18の試料がどのよ
うなものであるのかが不明である以上,フォームQQを一水和物であると特定することはで
きない。
したがって,本件審決が,先願発明であるフォームQQを一水和物と認定したことには誤
りがあるというほかない。」

[コメント]
イバンドロネートは骨粗鬆症等の治療薬として用いられている。
両事件とも、29条の2の発明の同一性が争われた事件であり、先願明細書のデータ等か
ら実質的に同一と認定した両審決に対して、両判決では先願発明が一水和物か不明である点、
先願データが明確ではない点から実質同一性を否定している。
ただ、予断なく生の各X線回折パターン図だけを対比観察してみると、全体としてほぼ同
様のピーク配置であって、実質同一構造の結晶形をともに示しているようにも見えなくもな
い。また、上記の先願のフォームTおよびフォームQQ各々の結晶形についての請求項はい
ずれも特許査定を受けている(特許第 4559431 号)。