IP case studies判例研究

平成24年(行ケ)10037号「ペット寄生虫の治療・予防用組成物」事件

名称:「ペット寄生虫の治療・予防用組成物」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10037 号 判決日:平成 25 年 3 月 19 日
判決 : 請求認容
特許法29条1項柱書
キーワード:未完成発明
[概要]
特許法29条1項柱書の要件を満たしていないとの審決に対して、取消しを求めた事案で
ある。
[争点]
特許法29条1項柱書の「産業上利用することができる発明」に当たらないとした審決の
認定・判断の誤り
[特許請求の範囲]
(下線を付した部分は本件の争点となる構成要件の部分であり,「構成要件1F(2)と称する。
なお、〔化1〕の記載は紙面の都合上省略した。)
【請求項1(訂正発明1)】
「下記の(a)~(d)から成り,
式(I)の化合物は1~20%(w/v)の割合で存在し,
結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を
10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,
20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数
が10個以下あり,
有機溶媒(c)は組成物全体を100%にする比率で加えられ,
有機共溶媒(d)は(d)/(c)の重量比(w/w)が1/15~1/2となる割合で存在し,有機共溶媒(d)
は水および/または溶媒 c)と混和性がある,
(a) 〔化1〕で表される殺虫活性物質:
(b) ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化
されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤,
(c) ジプロピレングリコール n-ブチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテル,
エチレングリコールモノメチルエーテル,ジエチレングリコールモノエチルエーテル,ジプ
ロピレングリコールモノメチルエーテルおよびこれらの溶媒の少なくとも二つの混合物から
成る群の中から選択される有機溶媒,
(d) エタノール,イソプロパノールおよびメタノールから成る群の中から選択される有機溶
媒とは異なる有機共溶媒。
[審決の概要]
特許法29条1項柱書に規定する要件について
『結晶化阻害』効果は,少なくとも訂正発明1において奏されること目的とする,欠くこ
とのできない主要な技術効果の一つであることは明らかである。・・・そうすると,・・・『構
成要件1F(2)』の規定が満たされることは,訂正発明1の目的とする技術効果を得るために
必要な前提条件として規定されているものと解される。・・・『構成要件1F(2)』に記載され
た試験方法を以ては結晶化阻害剤(b)の結晶化阻害能力を確認し結晶化阻害剤(b)を特定する
ことができない場合には,訂正発明1はその目的効果を得ることができず発明として未完成
であり,特許法29条1項柱書きにいう『発明』に該当しない,ということになる。
原告の主張及び証拠方法を参酌しても,訂正発明1に規定される結晶化阻害剤(b),式(I)の
化合物(a),及び有機溶媒(c)を組み合わせた作用効果を開示する『構成要件1F(2)』に記載さ
れた試験方法では,・・・少なくとも『ガラススライド』の大きさや,温度(『20℃』)及び
前記相対湿度を適切な範囲内に制御するための系内の空気の流れ(風)の強さ,試験環境の
相対湿度(RH)といった環境条件について特段の規定はないことから,それら諸条件のあ
らゆる組み合わせを採用することを排除するものではないと解されるところ,それら諸条件
に関し,上記試験方法による試験を行うにあたり採用すべき適切な条件域等については,発
明の詳細な説明で何ら具体的な記載はみられない。他方,甲号証の試験系によれば,乙号証
で原告が採用したのと同一組成の『溶液A』を用いた場合であっても,上記諸条件又はその
組み合わせ如何では,実際に試験を行っても,『ガラススライド』から試料『溶液A』が流れ
落ちたり,そうでなくとも多数の白色結晶が析出し,『構成要件1F(2)』が現実に得られない
ことが明らかである。・・・よって,訂正発明1はその技術内容がその目的とする技術的効果
を得ることができないものであり,発明としては未完成のものであって,特許法29条1項
柱書に規定する『発明』に該当しない。
[裁判所の判断]
(1) ガラススライドの大きさに関しては,・・・,その大きさを明示する記載は存しない。し
かしながら,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験は,フィプロニル等の殺虫活性物質(a)と結晶
化阻害剤(b),有機溶媒(c),有機共溶媒(d)から成る組成物を用いた治療・予防薬が,「動物の
体の一部に投与するだけで体全体に拡散し,乾燥し,しかも結晶化現象が起きない」ことや,
「乾燥後に毛皮の外観に影響を与え」ず,「特に結晶が残らず,毛皮がべとつかないよう」に
すること(訂正明細書の段落【0004】)ができるように,上記(a)ないし(c)の各所定量の
混合物である溶液Aを面上に少量滴下して所定時間放置(静置)しても,肉眼でも観察でき
るような大きな結晶が生じないか,又は10個以下の結晶が生じるにすぎないか否かを確認
する趣旨のものである。そうすると,上記結晶化阻害試験の目的ないし技術的性格にかんが
みれば,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許発明の範囲中に「ガラススライド」の大
きさを明示した記載がなくても,当業者が適宜「ガラススライド」の大きさを選択して試験
を実施し得ることは明らかである。
(2) また,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲でも,構成要件1F(2)の結
晶化阻害試験の試験系内の相対湿度(RH)の範囲や,空気の流れ(風)の有無,強弱につ
いての規定がないが,当業者であれば,上記結晶化阻害試験に関する記載から,近代的設備
を備える実験室(研究室)で,標準的な試験環境の範疇を超えない限りで,格別相対湿度を
指定しなくてもよいと認識できることが明らかである。
そして,一定の温度環境下で試験を実施するのであれば,当業者は通常恒温装置(恒温槽)
を使用するところ,具体的な試験手法まで記載されていなくても,当業者が前記結晶化阻害
試験を実施できないものではない。
他方,被告の東京研究所で行われた試験は,・・・相対湿度の設定が高すぎて適切とはい
い難い。
(3) 結局,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲に記載がなくても,当業者は
構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の目的,技術的性格に従って,①ガラススライドの大きさ,
②温度・湿度の調節及びこれに伴う空気の流れの制御方法,③相対湿度を適宜選択すること
ができ,試験条件いかんで試験結果が一定しないわけではないから,訂正発明1ないし34
が未完成の発明であるとはいえない。
[コメント]
試験方法に関して、特定の条件が記載されていないから、当該試験は一定の試験結果が得
られない、とする拒絶理由が通知された場合、本判決の判示事項、すなわち、「試験の目的や
技術的性格に従って試験条件を適宜選択できる」という論理構成は、参考にできる。

平成24年(行ケ)10037号「ペット寄生虫の治療・予防用組成物」事件

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