審決取消請求事件 » 平成24年(行ケ)10321号「合わせガラス用中間膜及び合わせガラス」事件

名称:「合わせガラス用中間膜及び合わせガラス」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10321 号 判決日:平成 25 年 4 月 16 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法36条4項1号、6項1号、6項2号
キーワード:実施可能要件、サポート要件、明確性要件
判決全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130418085037.pdf

[概要]
クレーム14~18における粒子径の測定方法の記載について、実施可能要件、サポート
要件、及び明確性要件が争われたが、各記載要件を満たしているとして、無効審決が取り消
された事案。

[請求項14]
アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有
する可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜であって、中間膜中
のナトリウム濃度が50ppm以下であり、飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いた二
次イオン像のイメージング(TOF-SIMS)により測定した中間膜中のアルカリ金属塩
及びアルカリ土類金属塩の粒子径が3μm以下である合わせガラス用中間膜。

[無効審決の理由]
(ア)TOF-SIMSによるアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定においては、当該
金属塩ばかりでなく当該金属イオンをも検出しており、(イ)当該金属塩の粒子径の測定自体
に定量性があるとはいえず、(ウ)TOF-SIMSの測定条件により粒子径が変化してしま
うにも拘わらず、測定条件の詳細が明示されていない。このため、本件発明は特許法36条
4項の規定を満たさない。

上記(ア)により、請求項における用語である『粒子径』が有する通常の意味とは異なる
意味を持つことになる。したがって、本件発明は明確であるとすることはできず、特許請求
の範囲の記載は特許法36条6項2号の規定に適合しない。

上記(ア)により、TOF-SIMSによる二次イオン像のイメージングにより測定した
輝点の大きさをもって粒子径とすることは、発明の詳細な説明の記載の範囲を超えるもので
ある。したがって、本件発明は発明の詳細な説明に記載されたものとすることはできず、特
許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号の記載に適合しない。

[裁判所の判断]
訂正明細書には、TOF-SIMSの測定条件等の詳細は開示されていない。しかし、A
大学の教授B作成の意見書(甲1)によれば、TOF-SIMSは、0.1μmの面的解像
度を有しているものであって、本件発明の「粒子径」の上限3μmに比して十分に細かな分
析ができるものである。そして、訂正明細書には、炭素数6ないし10のカルボン酸等のマ
グネシウム塩は、中間膜中で電離せず塩の形で存在し、かつ凝集することなく膜表面に高濃
度で分布していることが記載されている。そうすると、訂正明細書に接した当業者において、
TOF-SIMSを用いて中間膜表面のアルカリ(土類)金属塩の粒子の大きさを測定する
こと、より具体的には二次イオン像のイメージングにより粒子の最大径を測定することが可
能であったことは明らかである。

C作成の実験成績証明書(甲64)によれば、中間膜表面の赤外線分光法測定で、本件発
明の技術的範囲に属する中間膜(実験例3)では、遊離している酢酸(イオン)に特有の吸
収スペクトルが確認されなかったから、添加された酢酸マグネシウムの電離(解離)の度合
いはごく低水準であったものと認めることができる。そうすると、TOF-SIMSの二次
イオン像のイメージングの分析において、アルカリ(土類)金属イオンの存在を考慮外とし
ても差し支えないというべきである。したがって、TOF-SIMSがアルカリ(土類)金
属イオンをも検出していること、ないしその可能性があることを根拠に、当業者において本
件発明を実施可能でないとはいえない。

Cが作成した実験成績証明書(甲82)では、酢酸マグネシウムを添加した中間膜と酢酸
マグネシウムを添加していない中間膜とで、電気伝導度に差がみられないことが示されてい
るが、この実験結果は、中間膜中のアルカリ(土類)金属塩が電離する割合がごく小さいこ
とを裏付けるものである。

審決は、輝点として検出される二次イオンとサンプル中の金属量とが一般には比例せず、
中間膜のTOF-SIMSによる粒子径の測定には定量性がないことを実施可能要件違反の
根拠の1つとするが、本件発明の特許請求の範囲上、アルカリ(土類)金属(塩)の量が特
定事項となっているわけではなく、アルカリ(土類)金属塩の粒子の大きさが特定されてい
るにすぎないから、上記の定量性をもって本件発明に係る実施可能要件違反の裏付けとする
ことはできない。

また、「ポリマーのTOF-SIMS分析では閾値をゼロにすることが当業者の技術常識で
あるとしても、合わせガラス用中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定において、
閾値をゼロとすることが当業者にとって技術常識であるとすることはできない。」との審決の
認定、判断は誤りであり、測定条件の詳細が訂正明細書に明示的に記載されていないことを
根拠に、本件発明に実施可能要件違反があるとした審決の判断は誤りである。

[コメント]
特殊な測定方法により発明特定事項を限定する場合に、測定条件に関する明細書の記載が
不十分であると、明確性要件、実施可能要件等が問題となり易い。一般的にはこのような拒
絶理由に対して、技術常識であるとして、当業者が通常採用し得る測定条件を記載した技術
文献を証拠として提出することにより、明確性要件、実施可能要件等を満たす旨を反論する
場合が多い。

本件判決では、大学教授の意見書を提出して、明細書の記載と併せて、当該測定方法の技
術的意義を明確にした上で、実験成績証明書により、正確な測定が行なえることを裏付ける
証拠としている。これらの証拠が、本件訴訟において提出されたことにより、無効審決が覆
ったと考えられる。

実務上の指針としては、明確性要件違反等の拒絶理由に対して、技術文献のみでなく、専
門家の意見書(鑑定書)や実験成績証明書の提出が有効な場合があることが示されたケース
と言える。