IP case studies判例研究

平成23年(行ケ)10201号「光学増幅装置」事件

名称:「光学増幅装置」事件
特許審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成23年(行ケ)10201号 判決日:平成24年9月27日
判決:請求認容(審決取消)
特許法29条1項3号,同29条2項
キーワード:刊行物に記載された発明,(当時の)技術水準,当業者の理解,本件発明との対比
[概要]
「光学増幅装置」に係る特許第3990034号の請求項1乃至49に係る発明について、
『(1)本件発明が,甲1文献により新規性を欠如する,又は,甲1文献を主引用例として進歩性
を欠如するということはできないから,特許法29条1項3号又は同条2項に該当するといえな
い。(2)本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明について,当業者が実施することができる
程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできないから,同法36条4項に違反しな
い。』とした本件審決の判断が棄却され、当該判断の誤りを主張した審決取消の請求が棄却された
事例。
[特許請求の範囲](特許第3990034号)
〔請求項1〕 回折限界に近いモードを持つ入力ビ-ムを発生させるレーザー源と,
多重モード・ファイバー増幅器と,
該入力ビームを受け,該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビ
ームのモードを変換し,該多重モード・ファイバー増幅器に入力するモード変換された入力ビー
ムを作り出すモード変換器と,
該多重モード・ファイバー増幅器に結合され,該多重モード・ファイバー増幅器3を光学的にポ
ンピングして本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成するポンプ源と,
を有することを特徴とする光学増幅装置。
[争点](原告主張の審決取消事由)
取消事由1:特許法29条1項3号又は同条2項違反についての判断の誤り
取消事由2:同法36条4項違反についての判断の誤り
取消事由3:同法36条6項2号違反についての判断の誤り
[裁判所の判断]
無効2010-800095号事件の審決に対する「取消事由1に関し、本件発明に係る技術事
項について,甲1文献に記載された発明をもって,特許法29条1項3号の「刊行物に記載され
た発明」に該当すると判断する。その理由は以下のとおりである。
(1)特許法29条1項3号について
同号所定の「刊行物に記載された発明」というためには,刊行物記載の技術事項が,特許出願当
時の技術水準を前提にして,当業者に認識,理解され,特許発明と対比するに十分な程度に開示
されていることを要するが,「刊行物に記載された発明」が,特許法所定の特許適格性を有するこ
とまでを要するものではない。
(2)甲1文献の記載
甲1文献の記載には,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,ファ
イバーモードを整合するためのインターフェース光学部品が設置され,多重モード・ファイバー
増幅器に,入力信号を入力する入力信号源とポンプ光を入力するポンプ源が接続されていること,
高品質の導波路及び適切なモード整合光学部品を使用して,多重モード・ファイバー増幅器の入
力ポートにその基本モードの信号を入力し,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅された
この基本モードの信号エネルギーを,当該多重モード・ファイバー増幅器の全体を通して,その
出力ポートまで保存する「光学増幅器」が開示されているといえる。
(3)本件特許の優先日当時における技術水準について
本件特許の優先日当時の技術水準は、
(3-1)「インターフェース光学部品」については、単一モード・ファイバーのファイバーモ
ードを多重モード・ファイバー増幅器に適合するように調整・整合するためのインターフェ
ース光学部品(モード整合光学部品)の具体例が複数公知となっており,当業者の技術水準
によれば,上記インターフェース光学部品は,当業者が理解し得る程度にその構造は具体化
していたといえる。そして,適切なインターフェース光学部品を使用することにより,多重
モード・ファイバー増幅器の基本モードスポット寸法が単一モード・ファイバーの基本モー
ドスポットと整合するように結合され,多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートでその
基本モードの信号を入力することができると理解し得るものであったと認められる。
(3-2)「基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー増幅器の出力ポートまで保存す
ること」については、多重モード・ファイバー増幅器では,入射条件やコアの活性領域を限定す
ることによって,入射されるモードの数を限定することができ,ファイバーの品質改善により,
基本モードは,高次モードと著しく結合することなく,多重モード・ファイバーを伝搬すること
ができるとの認識を有していたと認められる。したがって,本件特許の優先日当時において,基
本モードの信号エネルギーを,モード結合を抑制して,多重モード・ファイバー増幅器を伝搬さ
せるための構成は,十分に明確なものとして理解できたものということができ,当業者は,甲1
文献に記載された「基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー増幅器の出力ポート
まで保存すること」の具体的方法を理解することができたといえる。・・その当時,インターフェ
ース光学部品の構成や,基本モードの入射・保存のための方法などを含め,上記光学増幅器の構
成は,当業者が理解可能な程度に明らかになっていたといえる。
(4)被告の主張に対して
被告の主張である、「(ア)甲1文献は,①説明内容が不明瞭であり,当業者において理解するこ
とができない,②課題解決の具体的構成が示されていない。・・(イ)甲3文献におけるレーザー
は発振器であって,多重モード・ファイバー増幅器としての動作を示唆するものではない」との
被告の主張に対し、上記(2),(3)と同様の根拠を基に、これらを排除する。
(5)以上から
甲1文献には,当業者が理解可能な程度にその構成が示され,かつ,本件発明と対比可能な程度
にその技術事項が開示されているといえるのであって,甲1文献に記載された発明は,特許法2
9条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当すると認められる。したがって,甲
1文献には,本件発明と対比されるべき発明が記載されているとは認められないとした本件審決
の判断には,その結論に影響を及ぼす誤りがある。
[コメント]
特許法29条1項3号(新規性)の審査基準には、
『「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等し
い事項から把握される発明をいう。「記載されているに等しい事項」とは、記載されている事
項から本願出願時における技術常識を参酌することにより導き出せるものをいう。』と記載さ
れ、その認定について、
『ある発明が、当業者が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、物の発明
の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明
らかであるように刊行物に記載されていないときは、その発明を「引用発明」とすることが
できない。』と、実施可能要件と同等あるいはこれに近い要件が必要とされる旨が記載されて
いる。具体的事案においては、審査基準との整合性から疑義が生じる可能性があり、今後の
判断を注目したい。
 

平成23年(行ケ)10201号「光学増幅装置」事件

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