侵害差止等請求事件 » 平成29年(ワ)16468号「PCSK9に対する抗原結合タンパク質」事件

名称:「PCSK9に対する抗原結合タンパク質」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地方裁判所:平成29年(ワ)16468号 判決日:平成31年 1月17日
判決:請求一部認容
条文:特許法100条1項、2項
キーワード:特許権侵害行為差止
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/330/088330_hanrei.pdf

[事案の概要]
PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、CDR1、2、3のアミノ酸配列が特定されている参照抗体と競合する抗体、及びそれを含む医薬についての特許権を有する原告が、該参照抗体とは異なるCDR1、2、3のアミノ酸配列を有する抗体を含む医薬である被告製品の生産等の差止めを求め、請求がほぼ認められた事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5705288号及び特許第5906333号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を認容した。

[本件発明]
<特許第5705288号>
【請求項1】
1A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、
1B PCSK9との結合に関して、配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、
1C 単離されたモノクローナル抗体。
(訂正発明)
1B′ PCSK9との結合に関して、配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、
<特許第5906333号>
【請求項1】
2A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、
2B PCSK9との結合に関して、配列番号247、256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号222、229及び238からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、
2C 単離されたモノクローナル抗体。
(訂正発明)
2B′ PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、

[被告の行為]
被告は、被告製品であるプラルエント(一般名:アリロクマブ)の輸入、譲渡、譲渡の申出を行っている。プラルエントは、完全ヒト型抗PCSK9モノクローナル抗体を含む、皮下注用医薬である。

[主な争点]
・争点1:被告製品及び被告モノクローナル抗体は本件発明1及び本件訂正発明1並びに本件発明2及び本件訂正発明2の技術的範囲に属するか
・争点2:無効理由の有無

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線。)
『(3)前記(2)のとおり、本件各明細書には、本件参照抗体と競合する、PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定、取得するための、免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法、ハイブリドーマの作製方法、スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載されている。そして、当該方法によれば、本件各明細書で具体的に開示された以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。
そうすると、本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が、本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえない。したがって、本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が本権各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定のアミノ酸の1もしくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られることを前提として、本件各発明の技術的範囲が本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとの被告の主張は採用することができない。
・・・(略)・・・
(5)証拠(甲5、7の1、2、甲8~10)及び弁論の全趣旨によれば、本件各発明について、被告が主張する限定的な解釈を採らない限り、被告モノクローナル抗体は、本件発明1-1及び本件発明2-1の各構成要件を全て充足し、被告製品は、本件発明1-2及び本件発明2-2の各構成要件を全て充足すると認められるから、被告モノクローナル抗体は、本件発明1-1及び本件発明2-1の技術的範囲に属し、被告製品は、本件発明1-2及び本件発明2-2の技術的範囲に属すると認められる。なお、被告モノクローナル抗体は、本件訂正発明1-1及び本件訂正発明2-1の技術的範囲にも属し、被告製品は、本件訂正発明1-2及び本件訂正発明2-2の技術的範囲にも属すると認められる。』
『3 争点(2)-ア(サポート要件違反)について
前記2のとおり、本件各明細書の記載から、当業者は、本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって、本件各明細書で開示された抗体以外にも、本件参照抗体と競合し、PCSK9とLDLRとの結合を中和する様々なPCSK9-LDLR結合中和抗体を得ることができると認識することができる。
また、本件各明細書の高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスクを低減することができるので、治療的に有用であり得ることの記載(段落【0155】【0270】【0271】【0276】)から、当業者は、本件発明1-1、本件発明2-1の各抗体を医薬組成物として使用できることを認識することができる。したがって、本件発明1及び2は、いずれもサポート要件に違反するとはいえず、また、本件訂正発明1及び2がいずれもサポート要件に違反するとはいえない。
4 争点(2)-イ(実施可能要件違反)について
前記2のとおり、本件各明細書の記載から、当業者は、本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって、本件各発明の抗体及び医薬組成物を作製し、使用することができるものと認められるから、本件各明細書は、当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ、本件発明1及び2は、いずれも実施可能要件に違反するとはいえず、また、本件訂正発明1及び2がいずれも実施可能要件に違反するとはいえない。
5 争点(2)-ウ(乙1文献記載の発明に基づく進歩性欠如)について
相違点②-1について、本件発明1-1は、アミノ酸配列で特定されたPCSK9-LDLR結合中和抗体である21B12参照抗体について、それとPCSK9との結合において競合する抗体が21B12参照抗体と類似の機能的特性を示すと予想され、前記のとおり、一定の抗体に対するエピトープビニングをして、21B12参照抗体と競合することを要件(構成要件1B)としたものである。そして、乙1文献に記載された発明において、アミノ酸配列で特定された21B12参照抗体についての具体的な記載はないし、同抗体に着目する示唆もない。証拠(乙15ないし19)及び弁論の全趣旨によれば、本件優先日当時、動物免疫法又はファージディスプレイ法により、抗原に対して特異的に結合するモノクローナル抗体を作製する方法、その作製工程において、ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用、抗体のスクリーニングのために抗原をビオチン化により固相化する方法、ファージディスプレイライブラリを得る手段等は周知であったことが認められる。
しかし、本件明細書1には、特定のプロトコールのスクリーニングを組み合わせて実施した結果として、21B12参照抗体が得られたことが記載されていて(段落【0312】~【0314】【0320】【0322】~【0336】【0377】~【0379】)、それは上記周知技術とは異なるものであり、上記周知技術に基づいて、本件優先日当時、当業者が、アミノ酸
配列が特定された21B12参照抗体を容易に得ることができたことを認めるには足りない。これらによれば、当業者は、具体的な21B12参照抗体を容易に得ることができたことも、21B12参照抗体に着目してそれと競合する抗体に着目したことも認められず、構成要件1Bに係る相違点である相違点②-1に容易に想到することができたとは認められない。
以上によれば、本件優先日当時、当業者は、乙1文献に記載された発明及び周知技術に基づいて、相違点②-1に係る本件発明1-1の構成に容易に想到することができたとは認められず、本件発明1-1を容易に発明することができたとは認められない。そして、同様の理由により、乙1文献に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件優先日当時、当業者は、本件発明1-2を容易に発明することができたとは認められず、また、本件訂正発明1-1、1-2を容易に発明することができたとも認められない。』

[コメント]
抗体に関する発明の表現としては、その抗体の可変領域のアミノ酸配列による特定、寄託ハイブリドーマから得られるとの特定の他に、その抗体が結合し得るエピトープ、参照抗体との競合や中和活性などの機能的な特定が用いられている。機能的な表現で表される抗体の発明の場合には、明細書に具体的に開示されている抗体に限らず、また、そこから、数種類のアミノ酸の変更がある抗体のみならず、出願当時には全く未知であり、明細書に記載の抗体とは大きく異なる配列を有する抗体も文言上は含まれることになる。
本件は、アミノ酸配列等の構造上の特徴に関わらず、明細書に記載の抗体と競合するという機能を有する抗体を技術的範囲に入り得るとした点で、特許権者への保護が非常に厚い判決になっているように思われる。
スクリーニング方法で得られる結果物の「物のクレーム」については、「R受容体活性化作用を有する化合物」、「A酵素阻害活性を有する化合物を有効成分とする抗アレルギー剤」などの機能的な表現によって、明細書に具体的に開示されている化合物に限らず、将来見出され得る化合物をも技術的範囲に含むような試みがされる場合がある。しかしながら、このような請求項は、サポート要件と実施可能要件を満たさず、拒絶されるべきものとなっている(例えば、特許・実用新案審査ハンドブック 付属書A「特許・実用新案審査基準」事例集 1.発明の詳細な説明用帯特許請求の範囲の記載要件(特許法第36条) 事例2、事例4など)。本件での参照抗体との競合の有無を調べることはスクリーニング方法と実質的には同様と捉えることもでき、本件発明は、このような機能的な表現の請求項に係る発明と同様にも見える。その一方で、通常低分子化合物は、種々の合成の試みによって、新たな化合物が生み出されるのに対し、抗体は、ルーチンのプロセスで得る産物を、スクリーニングによって選別することで得るという違いはある。今後、整理する必要がありそうに思う。
なお、平成30年12月27日に、本件特許2件の無効審判についての審決取消訴訟の判決が出されており、本件特許2件のサポート要件、実施可能要件、進歩性が争われ、いずれも、原告(本件被告)が敗訴しており、無効理由の判断については、本件判決と同様となっている。
以上
(担当弁理士:高山 周子)