IP case studies判例研究

平成27年(ワ)第8736号「医療用軟質容器及びそれを用いた栄養供給システム」事件

名称:「医療用軟質容器及びそれを用いた栄養供給システム」事件
特許権侵害行為差止等請求事件
大阪地方裁判所:平成27年(ワ)第8736号 判決日:平成30年2月15日
判決:請求認容
特許法100条、17条の2
キーワード:技術的範囲の解釈、文言侵害、新規事項
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/567/087567_hanrei.pdf
[概要]
出願当初の請求項1の「貫通路を形成する1対の開閉操作部」から「貫通路を形成する」を削除する補正が認められた結果、貫通路を形成していない開閉操作部を有する被告製品が、本件特許発明の構成要件を全て充足するとして、差止請求と損害賠償請求が認容された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5661331号および第5765408号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権(2件)を侵害すると主張して、被告の行為の差止め及び阻害賠償請求(約1億5千万円)を求めた。
大阪地裁は、原告の請求を認容した(約4千万円)。
[本件発明]
ア 本件発明1(特許第5661331号、請求項1)
A 少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され、
B 開閉式の開口部と、
C 経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部とを含み、
D 少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された可撓性袋部材と、
E 前記可撓性袋部材に固定された排出用ポートと、
F 前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための、上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の1対の開閉操作部を含み、
G 前記開閉操作部に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開くことにより前記開口部の開口状態を維持できること
H を特徴とする医療用軟質容器。
イ 本件発明2(第5765408号、争点となる構成が共通するため省略)
[被告の行為]
被告は、平成25年12月以降現在に至るまで、別紙物件目録記載の物件を、業として輸入し、販売している。
[争点]
(1)被告製品は本件発明1、2の技術的範囲に属するか(文言侵害)
(2)被告製品は本件発明1、2の技術的範囲に属するか(均等侵害)
(3)~(6)無効の抗弁の1~4(進歩性欠如)
(7)無効の抗弁の5(補正要件違反)
(8)~(9)無効の抗弁6~7(サポート要件違反の1~2)
(10)原告の受けた損害の額
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 構成要件Fの充足について
『ア 「可撓性袋部材」について
・・・(略)・・・そこで検討するに、本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、「可撓性袋部材」は、①「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され」るもの(構成要件A)であり、②「開口部」(構成要件B)と③「・・収容部とを含み」(構成要件C)、④「少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された」もの(構成要件D)と定義されているところ、被告製品が、上記構成要件Aを充足することは当事者間に争いがないし、後記検討するとおり、「主面に液状物の量を示す目盛りが表示され」ていると判断される部分は「可撓性袋部材」であることも当事者間に争いがない。
そして、ジップ上部の「可撓性袋部材」を原告主張のように解しても、被告主張のように解しても、「開口部」(構成要件B)と「収容部」(構成要件C)が含まれているということはできるが、可撓性「袋」部材という以上、その形状が、「袋」状であるものと解するのが自然であるところ、被告製品は、ジップ下部の軟質プラスチックシートとジップ上部に溶着された、軟質プラスチックシートからなる内側シートが一体となって「袋」状となっているから、この原告が主張する・・・(略)・・・部分と認定するのが相当である。
これに対して被告は、外側シートが一部をなす軟質プラスチックシート全体をもって「可撓性袋部材」であると主張するが、同部分を含んだ軟質プラスチックシートのジップより上部は、それより下側の軟質プラスチックシートを連続して一体の「袋」状の形状を構成している内側シートの外側に位置し、その内部に物を収容する機能を有するものではないから、これを「袋」部材というのは不自然である。』
『イ 「開閉操作部」について
構成要件Fによると、「開閉操作部」は、「片手の指を挿入するための」、「シート状の1対」のものであること、2枚の「軟質プラスチックシートに固定された」部材であることが要件であることは明らかである。・・・(略)・・・
これにより被告製品についてみると、被告製品は、外側シートに略半円状の切り込みを入れ、当該切り込みにより形成された舌片を内側に折り曲げることで、軟質プラスチックシートそのものに片手の指の挿入口(9a、9b)が形成され、指が挿入されるようになっているものであるから、「片手の指を挿入するための」、「シート状の1対」のものである。また、この「片手の指を挿入するための」、「シート状」のものと、その下部の軟質プラスチックシートは、・・・(略)・・・「固定された」関係にあるということができる。そして、上記アで説示したとおり、被告製品は、軟質プラスチックシートのジップより上部に内側シートを溶着して一体のものとして「可撓性袋部材」としているのであるから、 上記関係において、上記「シート状の1対」のものは、「可撓性袋部材」の「両主面の各々に」、「固定」されているということもできる。したがって、被告製品は、上記指が挿入されるようになった外側シート部分が、構成要件Fにいう「開閉操作部」に相当するということができる。』
『ウ 「右側または左側から片手の指を挿入する・・シート状の一対の開閉操作部」について
(ア) 構成要件Fには、「開閉操作部」は、「右側または左側から片手の指を挿入する」とあるところ、被告製品の開閉操作部は、片側に指挿入口が一つ設けられているだけであるが、平面形状である被告製品は、持ち換えることで右側からも左側からも指を挿入することができるから、被告製品は、構成要件Fの「右側または左側から片手の指を挿入する・・シート状の一対の開閉操作部」との要件を充足する。
(イ) これに対して被告は、①本件明細書の開示内容、②本件特許の出願経過、③本件発明の効果の観点から、上記要件にいう「右側からまたは左側から片手の指を挿入する」という要件は、医療用軟質容器の右側又は左側の双方から片手の指を挿入することができることを意味しているとし、被告製品は同要件を充足しない旨主張するが、以下のとおり同主張は採用できない。
a 本件明細書の開示内容について
被告は、本件明細書に開示されている実施例は、いずれも右側又は左側双方から指を挿入することができる貫通路となっているものしか開示も示唆もされていない旨主張する。・・・(略)・・・以上の記載及び本件発明の実施例は、開閉操作部が、他の実施例同様に貫通路で形成されているように見受けられるが、その使用形態として、医療用軟質容器の一方向から指を挿入することを前提としていることは明らかである。したがって、・・・(略)・・・「右側からまたは左側から片手の指を挿入する」という要件を、医療用軟質容器の右側又は左側の双方から片手の指を挿入することができることを意味すると解すべきとする被告主張は採用できない(なお・・・(略)・・・)。
b 本件特許の出願経過について
被告は、本件特許の出願経過に照らし、開閉操作部は「貫通路に」に限られるように主張するところ、証拠(乙2の1ないし3)によれば、本件特許の出願経過につき、①本件特許1の願書に最初に添付された特許請求の範囲において、請求項1の構成要件Fに相当する構成は、「前記可撓性袋部材の両主面の各々に固定され、固定された前記軟質プラスチックシートとの間に、前記可撓性袋部材の右側又は左側から指を挿入するための貫通路を形成する1対の開閉操作部と」いうものであったこと、②平成25年12月2日付手続補正書により、請求項1の構成要件Fに相当する構成は、「前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための1対の開閉操作部を含み」と補正され、「貫通路を形成する」との要件が削除されたこと、③原告は、上記②の手続補正書と同日付の早期審査に関する事情説明書において、「3.補正の説明」として、「補正後の請求項1の補正箇所の『前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための1対の開閉操作部を含み』は、重複した語句があり、誤記の訂正及び明りょうでない記載の釈明を目的として補正しました」(2頁末尾から7行から5行)と述べたこと、以上の事実が認められ、本件特許2についても、証拠(乙3の1ないし3)によれば、同様の出願経過であることが認められる。
c 発明の効果の観点について
被告は、本件明細書に記載された本件発明の効果あるいは引用文献(特開2007-319283号等。乙8の1)の医療用軟質容器と対比して述べられた本件発明の効果と、本件発明が液状物の量を示す目盛りは「少なくとも一方の主面」にあれば足りるという構成とされている点を考慮すると、「右側または左側から片手の指を挿入するための」という構成は、右側と左側の双方から指を挿入することができる構成を指していると解釈しないと整合性がとれない旨主張する。・・・(略)・・・
しかし、原告は、出願経過において、拒絶理由通知で引用された上記引用文献との差異で目盛りの見やすさを強調しているものの、これは本件発明では、経腸栄養バッグの横方法から指を挿入することで、目盛り等が記載された面が作業者に正対するのに対し、引用発明である乙上記特開公報ではそうでないことをいっているにすぎず、そのような経腸用栄養バッグの保持の仕方という観点からすると、本件発明の構成の方が、目盛りが見やすいことは明らかである。
そして、後記(3)で認定する経腸栄養バッグにおいて求められる目盛りの機能、役割からすると、たとえ主面の一面にしかない目盛りが裏面になったとしても、本件発明における開閉操作部の構成によれば、持ち手が邪魔することなく裏面の目盛りを見ることができ、これで足りるのであるから、この点からも右側又は左側双方から指を挿入することを要件とすべきという被告主張は採用できない。』
2.構成要件Dの充足について
『 被告は、構成要件Dの「目盛り」は水平目盛りである必要があるとのクレーム解釈を前提に、被告製品をそのように特定し、その上で「斜め目盛り」しかない被告製品1、2は、構成要件Dを充足しない旨主張する。斜め目盛りであっても経腸栄養剤の注入時に、およその注入量を知る手段となり得る以上、斜め目盛りは、本件発明にいう「目盛り」に相当するというべきである。』
3.『以上によれば、被告製品は、すべて構成要件D、Fを充足しているところ、それ以外の構成要件については、被告製品の特定の表現として争いがあるものの、それぞれが本件発明の構成要件AないしC、E、G、Hを充足していることに争いがあるわけではないから、被告製品は、すべて本件発明1の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するといえる。』
4.争点(7)(無効の抗弁5(補正要件違反))
『 被告主張に係る「貫通路」を削除した補正の経緯については、上記1(2)ウ(イ)bにおいて「開閉操作部」の解釈に関連して検討したとおりであり、当初出願明細書に記載のあった「貫通路」とは、単に指を挿入する部材の一実施例の形状を示したという以上の意味はないものと解されることは既に説示したとおりである。したがって、当初明細書の記載から、これを削除する補正をしたとしても、「開閉操作部」を上位概念化して新規事項を追加することにはならない。』
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)

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