判例研究 » 平成29年(行ケ)第10143号「ウェーハレベルパッケージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物及び方法」事件

名称:「ウェーハレベルパッケージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物及び方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10143号 判決日:平成30年7月5日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、36条6項1号
キーワード:サポート要件、実施可能要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/859/087859_hanrei.pdf

[概要]
本件訂正発明に係る成分を含有し、ポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立している組成物についての具体的な実施例が発明の詳細な説明に記載されているとは認められないとして、実施可能要件及びサポート要件を充足しないと判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5456973号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1ないし15に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800143号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求項1ないし9に係る発明についての特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件訂正発明]
【請求項1】
上に回路又は回路の一部が存在する、集積回路基板から、ウェーハレベルパッケージング基板から、又はプリント基板から、ポリマー、エッチング残渣、アッシング残渣、又はそれらの組合せを除去するための組成物であって、前記組成物が、
下記構造:
【化1】

(式中:Xは、ヒドロキシドであり、R1は、メチル基であり、かつR2、R3、及びR4は、独立にメチル、エチル、ヒドロキシメチル又はヒドロキシエチルである)を有する0.4質量%~30質量%の有機アンモニウム化合物と、
下記構造:
【化2】

(式中:Xは、サルフェートであり、R5は、水素であり、かつR6及びR7は、水素である)を有する0.1質量%~5質量%のオキソアンモニウム化合物と、
水とを含み、
前記組成物のpHが7より高く、
前記組成物が、前記基板と関係がある回路、又はその一部の動作性を維持しながら、前記基板から、前記ポリマー、エッチング残渣、アッシング残渣、又はそれらの組合せを除去することができる、組成物。
[取消事由]
取消事由1:甲1発明Aに基づく容易想到性の判断の誤り
取消事由2:甲1発明Bに基づく容易想到性の判断の誤り
取消事由3:実施可能要件に対する判断の誤り
取消事由4:サポート要件に対する判断の誤り

[裁判所の判断]
取消事由3(実施可能要件適合性の判断の誤り)について
『 明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて、その物を生産でき、かつ、使用できるように、方法の発明にあっては、その方法を使用できるように、それぞれ具体的に記載されていることが必要である。
本件についてみると、訂正後発明1~7は組成物の発明、訂正後発明8及び9は訂正後発明1~7のいずれかの組成物を用いた方法の発明であるから、本件訂正発明について、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しているというためには、少なくとも、訂正後発明1~7の組成物を生産でき、かつ、使用することができるように具体的に記載されていなければならない。
そして、本件訂正発明に係る組成物は、上記1において説示したとおり、集積回路基板等からポリマーやエッチング・アッシング残渣を除去することが可能であることと、同時に、金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることが求められるものであるから、本件訂正発明に係る組成物を生産し、使用することができるというためには、当該組成物がこの2つの性質を兼ね備えていることが必要である。したがって、本件訂正発明における実施可能要件適合性の判断に当たっては、基板からポリマーやエッチング・アッシング残渣を除去することができることと、金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えること、の2つの性質を両立している組成物を生産することができるといえるかどうかを検討することとなる。
(3)本件明細書の発明の詳細な説明における記載内容についてみると、請求項1に記載された成分である有機アンモニウム化合物、HAS及び水を含む具体的な組成物として、含有量及びpHの点を措くと、表2のB5、表4のD11、表7のM2~M4、表19のW3、W5、W6、W11~W13がそれぞれ記載されている。
そして、これらの組成物が有するレジスト除去性能に関し、①表7に、M2について「完全な溶解」、M3及びM4について「完全なリフトオフ」であること(なお、使用したレジストや処理条件等の詳細に関する記載はない。)、②段落【0081】及び表16に、D11について、JSRTHB-151Nフォトレジストを用いたところ「レジストは完全に除去された」こと、③段落【0087】~【0089】及び表19に、W5及びW6について、ベークせず、塗布されたWB3000(フォトレジスト)の「完全な除去」ができたことがそれぞれ示されている。これらの試験は、本件訂正発明に係る組成物が有すべき基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去性能に関し、除去対象としてレジストを選択した場合の評価を得ることを目的とするものと認められる。しかし、金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることに関しては、D11、M2~M4、W5及びW6のいずれについても、発明の詳細な説明中にこれを評価したと認めるに足りる記載は見当たらない。
また、W3、W11~W13について、WB3000のレジストストリッピング試験結果は「除去せず」であること(表19)が示されているものの、B5については、レジストを含め、ポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去性能を確認したと認めるに足りる記載は見当たらない。
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明において、訂正後発明1に係る成分を含有し、実際にポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立している組成物についての具体的な実施例が記載されていると認めることはできない。
(4)ところで、本件訂正発明のような有機アンモニウム化合物を含有するレジスト除去・洗浄剤では、レジスト除去は塩基の作用によるものであって、塩基の濃度が高い、あるいは、pHが高いほど、その除去作用が強いという傾向にあることは当業者における技術常識である(弁論の全趣旨)。また、回路に用いられる代表的な導電性金属である銅やアルミニウムの腐食性が、接触する組成物・溶液の種類とそのpHに依存することも、当業者における技術常識であり、例えば、アルミニウムは、接触する溶液の種類によるものの、pHが12以上で不安定化する傾向にあることは周知の技術常識である(甲48)。
これらの技術常識に照らせば、当業者は、一般論として、塩基の濃度とpHを調整することにより、レジスト除去に代表されるポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去作用の強弱と、回路材料である金属の腐食作用の強弱とを変化させることが可能であると一応理解できるというべきである。さらに、当業者は、本件明細書の段落【0089】の記載から、レジスト除去をより高温で、より長時間行うと、より完全となる傾向があることも理解することができる。
しかし、本件明細書の発明の詳細な説明には、実際のpHが明らかにされた具体的な組成物の記載は一切存在しないし(例えば、W3、W11~W13はpH<7、W5及びW6はpH>12であることが記載されているものの、具体的にpHがいかなる値であったのかは明らかでない。)、上記(3)において説示したとおり、訂正後発明1に係る成分を含有し、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることが両立している具体的な組成物の例も記載されていない。
また、本件明細書に記載されているその余の組成物についても、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属の腐食作用の各程度を、同一の組成物について具体的に評価した例は発明の詳細な説明に記載されておらず、実際のpHの値が具体的に明らかにされた組成物すら記載されていない。
(5)以上検討したところによれば、本件明細書に接した当業者は、塩基の濃度及びpHと、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去作用、及び回路材料である金属の腐食作用との間に関係性があるとの技術常識を考慮して、pHを調整することにより、ポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることの両立が可能であることを一応理解できるとはいえるものの、反面、本件明細書の発明の詳細な説明においては、当該調整の出発点となるべき具体的組成物の実際のpHの値が一切明らかにされていない上、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属の腐食作用との関係において、どの程度のpHの調整が必要であるのかについての具体的な情報が余りにも不足しているといわざるを得ない。そのため、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件訂正発明に係る組成物を生産しようとする場合、具体的に使用するレジストや回路材料等を念頭に置いて、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣の除去と回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立した適切な組成物を得るためには、的確な手掛かりもないまま、試行錯誤によって各成分の配合量を探索せざるを得ないところ、このような試行錯誤は過度の負担を強いるものというべきである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、訂正後発明1~7の組成物を生産でき、かつ、使用することができるように具体的に記載されているものとはいえない。
(6)原告は、原告が実施した追試実験において、pHが7付近の本件訂正発明に係る組成物及び有機アンモニウムとしてTMAHを含む本件訂正発明の組成物も所期の効果を奏するものであることが示されており、本件特許は実施可能要件に適合すると主張する。
しかし、実施可能要件適合性は、出願時の技術常識を前提として、発明の詳細な説明の記載に基づいて判断すべきであって、出願後に提出された証拠によって要件適合性の立証をすることはできないというべきである。
また、原告が提出した追試実験に係る証拠を考慮するとしても、これらの証拠には、レジスト除去作用と回路材料である金属の腐食防止作用とが両立することを示すものは見当たらず、依然として、基板からのポリマー、エッチング・アッシング残渣を除去することができることと、回路を形成する金属の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立しているような本件訂正発明に係る組成物が現実に得られるのかも判然としないというべきである。
(7)したがって、本件特許が実施可能要件に適合するものとはいえないとの審決の判断に誤りがあるとはいえない。』

[コメント]
本判決では、2つの性質の両立を課題とした場合、サポート要件及び実施可能要件の判断においてはそれらが両立していることを示す実施例が求められた。本件特許発明は回路基板等からポリマーやエッチング・アッシング残渣を除去することが可能であることと、同時に、金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることが求められるところ、本件明細書に記載の実施例では一方の性質の評価に用いた組成物ともう一方の性質の評価に用いた組成物が異なっており、同じ組成物で双方を評価した実施例は記載されていない。出願時に2つの性質の両立を示す実施例を準備するのが難しい場合は課題の記載を変更することも考えられる。
なお、本件と事案は異なるが、「活性発泡体」事件(知財高裁平成26年(行ケ)第10238号)では下記のように判断された。
『そして、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは、その物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、物の発明については、明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者がその物を作ることができ、かつ、その物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。
さらに、ここにいう「使用できる」といえるためには、特許発明に係る物について、例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど、少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである。』
上記「活性発泡体」事件では「発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いること」は「少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用すること」の例として挙げられている。発明の使用の判断で「発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いること」が明細書に記載されていることが求められるかどうかは事案によって変わりうる。
なお、本件特許の特許権者(出願人)は米国企業であることから、明細書の作成段階で日本の実務を考慮するのは難しかったのではないかと考えられる。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)